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2011  6月と7月と8月

ついに残りの任期が6週間となりました。 
雨期に入り2ヶ月が経ち、まだ雨期のまっただ中です。

ここに来て、というかこの時期だからなのか、過去3年で一番忙しくなってます。いま一日一日が今までに見た事の無いズピードで過ぎて行き、やらなきゃいけない事が目の前で「はやくなんとかしろよ」的な感じで厳しい視線をがんがんおくってきます。

もう結構前の話しですが6月にエチオピア南部に隊員達と連れ立って、さまざまな民族や村を見てくる旅をしました。 車をチャーターして、合計5日ぐらいで、毎日移動ばかりで、毎日違った民族や家や地形、気候といった感じで、楽しいメンバーで疲れたけど、それはとてもとても濃〜い旅でした。
写真じゃ全部伝わらないけれど、自分がいつも見ているエチオピアと全く違ったエチオピアを見れました。
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職場では、デザインの授業もそろそろどうやって終わるか、終わるまでなにに重点を置くかお考えなきゃいけない時期になりました。
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それともうすぐエチオピアの新年。それに会わせてエチオピアボランティアのためのカレンダーも完成させなくてはいけない。来週絶対に完成させないと、隊員の皆が新年前に配れないからなんとかしないと。
横20x 縦14ぐらいの卓上カレンダー。去年も作った。
今回は、要望があり書き込みできるエリアを増やした。デザインはよりシンプルに。
これはまだ完成版ではないが、来週の今頃にはデザインは完成してるはず。
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明日はIELTS(英語のテスト)の試験日。目標は8。(最高が9)
ここでいい点数がとれれば、そのまま大学院へ提出できる。
大学もいくつか絞れてきた。お金の事、推薦状、書類等、まだまだいろいろやることはあるが、だんだん自分の中で形になってきている。 気がする。

ちょっとマンガの話し。
宇宙兄弟(コミック)いいです。 2年前、日本で5巻までしか見れなかったけど、先週一度に読める機会がありました。宇宙飛行士を目指す彼等に勇気づけられます。マンガだけど、マンガとは思えないくらい感情移入してしまう人達の話しです。
数日前は「風の谷のナウシカ」の原作を15年ぶりぐらいに読んで、改めて自分を戒めなければとも思いました。
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by hoop29 | 2011-08-13 06:58 | ETHIOPIA

仕事の話

残り3ヶ月となった協力隊の派遣期間。
残り何が出来るか、何がしたいかを考えるようになった。

ETTE(配属先)の自分が所属する部署も、一人一人と辞めていきついに、正社員がいなくなってしまった。 と言っても、もともと小さな部署だったし、会社自体は大きいので仕事はたまにある。でもたまにしかないのも事実。
そこで、3月下旬から配属先から要望があり、グラフィックデザインの授業を始めた。

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生徒、というかみんな各部署のヘッドのおじさん達だけだが、いままで2ヶ月半、予想以上に参加者は一生懸命に授業に来てくれて、順調に行っていると思う。ただ、なかなか教えた事を一度や二度、三度、四度くらいで覚えてくれないのだが、お互い根をあげずに頑張っている。
今週は2週間前に参加者にだしたアサイメントの発表にあてた。
まだまだというレベルだが、確かに2ヶ月前よりもちゃんとしたものが作れるようになっていたのは間違いなく、参加者達も自分の上達に満足していた様子だ。
しかし協力隊の多くの人がそうであるように、言葉がお互い100%通じればな と思う。
こうやって自分が複数の人に何かを教えるというのは初めての仕事であり、教えるのが苦手な自分だし、年上のおじさん達相手だが、言葉を選びながら話したり、態度をコントロールしたりと、教える難しさと楽しさを同時に感じている。
一番難しいのは、あたらしいものを造り出すクリエイティビティーだ。 これは日本でも、どこのプロのデザイナーでも一番難しい事である。エチオピア、または途上国では、"コピー"という概念が浸透しすぎており、新しい物を造り出すということの大切さや必要性が欠けていて、そこがなかなか上達しない。 でもそこは自分もデザイナーとして、いつも考え続けているところであり、ここは絶対に理解してもらいたいと思っている。

このデザインの授業は、帰国前まで続ける。 今、ようやく基本操作が出来るようになっただけだが、あと3ヶ月で、プロとしてのデザイナーはどういうものなのかというコンセプトを理解だけでもしてもらい、彼等が他の職員にそれを伝えられるようになればと思う。


仕事とは別の話しだが、JICAエチオピア ボランティアのための機関誌が完成した。
表紙と裏表紙
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自分と他の二人のボランティアで4月に制作を開始し、たくさんの方々から原稿や写真を集め、編集してきた冊子がついに完成し製本され、今週からエチオピアのボランティア達に配り始めている。この機関誌は各国のJICA事務所や日本の訓練所等に配送される予定である。

中のページ
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時間や予算のため、本に収めたいことを全て収める事はできなかったが、いろいろな人の協力により、大変よいものになったと思う。エチオピオボランティアでは2年に一度しか発行されない機関誌だが、このような貴重な機会に恵まれて、ボランティアの皆の想いを形にできたことはとても嬉しかった。
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by hoop29 | 2011-06-16 04:34 | ETHIOPIA

エチオピア北部

5月の初旬にエチオピア北部のアクスムから車で南東のメケレまでを隊員仲間と旅した。 
アクスムのオベリスクは世界遺産であるが、今回のメインとなったのは、アクスムとメケレの間にある、岩壁の上につくられた教会だった。
アクスムはエチオピアの最北にある町である。飛行機の中からは、去年の1月に訪れたシミエンナショナルパークが眼下に見え、世界の果てと思わせるような山々がすばらしい景色を見せてくれた。
アクスムではオベリスクを見てまわり、その後は近くの小高い山へ散歩に行って景色を楽しんだ。

翌日の朝、予約しておいた車が迎えにきて、デブラダモというアクスムから3時間程離れたアスファルトの道もない奥地へ僕らを連れて行った。
アクスムから1時間ほどで景色はかわり、グランドキャニオンか、ナウシカにでてくるような異様な形をした岩の山々が次々を現れ、車の中で退屈することはなかった。
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アスファルトの道をはずれ、一時間ほど行くと、いくつかある岩山の一つの近くで車は止まる。目を凝らすと、岩壁の途中に人がひもにぶら下がっているのが見えた。 デブラダモの入り口である。

岩壁の下にくると、靴を脱がされ、入場の為にお金が必要なことを説明される。15メートル程のほぼ垂直の岩壁の上から垂れているロープは革で編んだもので、かなり汚く臭い。命綱を体に巻き、一人一人登っていった。 
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上にあがってすぐに教会があるものかと思っていたが、上は平らな平地になっており、小さな村のようになっていた。その一角に一際目立つ頑丈な造りの建物が現れた。近くの牧師(司祭)に付き添われ、中に入る。 建物は大きな木のむくの柱が組まれており重層感がある。壁にあるキリスト教の絵画や、本当に古そうな、エチオピアの昔の文字で書かれた聖書等、建物の中は神聖な空気がたちこめていた。 来て良かったとみんなが言った。
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その日は、そこからさらに車で数時間移動し、ゲラルタという町まで、でこぼこ道を車は走った。
ゲラルタではゲラルタロッジというイタリア人が経営するエチオピアで最高級とえるロッジに予約をとっていたので泊まった。 ロッジのデザインとホスピタリティ、見渡す限り荒野と岩山が見える景色、星空、どれをとってもエチオピアでベストだった。
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次の日は、アブナ イェマタという、これもまた岩壁の上に岩を掘ってつくられた祠のような教会へ向かった。ここでも景色に圧倒された。 この日もトレッキングとクライミングがもれなく付いてくる教会への訪問となった。 
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とにかく、「よくもこんな場所にこんなものを造ったな」と思わずにいられらなかった。しかも、この近辺にはこのような教会が数カ所点在するという。

一時間ほどかけて、祠に着き、やはり入場料を払う。祠の天井、壁には天使やセント ギョルギスの絵が描かれている。狭いところなので、それほど滞在しなかった。 でも皆クライミングは結構楽しんだみたいだ。
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午後はいつもの様に途中の町でインジェラを食べ、夕方にはメケレに到着する。メケレはエチオピアの首相メレスの出身地であり、多くの開発のお金が入ってくるせいか、とても発展して奇麗な町だった。
翌朝、空港に向かい、アディスアベバへ帰った。

久々の国内の旅行であったし、今までとは違う雰囲気の場所を訪れて、とても新鮮な旅だった。
エチオピアの惜しいところは、こうやって世界に誇れるすばらしい遺跡や絶景があるのに、知名度が低いのとアクセスが難しいところにある。
エチオピアに興味がある方は 旅行人『はるかなる神の国へ エチオピア』 2007冬号
を是非見ていただきたい。
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by hoop29 | 2011-06-03 09:05 | ETHIOPIA

震災

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地震の影響はエチオピアにいる自分にも大きくひびいている。
近所の隊員から当日に地震の事を知らされた。職場でも数人から声をかけられた。
その日家に帰ってCNNのニュースを見て、はじめて状況がどれだけ深刻なのかを知った。実家には電話が繋がらず、すごい心配だった。こんな思いをしたことはいままでになかった。
日本時間の夜11時過ぎに、ようやく実家に電話が通じて無事なのが確認できた時は本当にほっとした。

エチオピアにいてボランティア活動というものをしているが、今本当に助けが必要な場所が日本にあると思うと複雑だ。
世界各地で日本のために何かをしようという声がすぐに上がるのが聞こえてきた。
エチオピアでもその動きはすでに始まっている。
チャリティーのための小物づくり、現地の人々のメッセージ集め、募金箱設置等。
募金箱設置は、ある在エチオピア日本人の方が個人的に動き、高級ホテルと外人が多いスーパーマーケットにお願いをし募金箱の設置までこぎ着けた。自分も頼まれて募金呼びかけのポスターをつくり、ホテルや、国際機関の掲示板等に貼られることになる。

CNNでは原発のメルトダウンの危機がなくなると、日本のニュースは少なくなってしまった。
それでも、職場の人達は会うたびに「日本は大丈夫? 家族は無事?」と今でも声をかけてくれます。youtubeやニュースから聞こえてくる日本でがんばっている人達の話や映像は本当に日本人のすごさに気付かせてくれる。
 
協力隊にも地震の影響は大きく、自分も65日間の訓練のため滞在した福島の訓練所は現在、避難所になっていて4月から始まる予定だった訓練は急遽、大阪で行われることになった。今後の隊員募集も23年度春は延期の状態です。ODAの見直しの中、JICA、協力隊の運営もさらに難しくなっていきそうだ。
今はリビア、中東各国でのデモ等で、帰国を余儀なくされている人達も多い。エチオピアは地理的には中東に近いが大きな問題やデモもなく平穏な日常が続いている。もし突然、帰らなければいけなくなったらどんなに中途半端で心残りな気持ちになることだろう。

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by hoop29 | 2011-04-05 23:44 | ETHIOPIA

ああ〜2011年

え〜 3ヶ月ぶりのブログですね。
今日、同期の隊員仲間達のブログみてたら、そろそろ自分も書こうかなという気になりました。

10月のジャパンフェスティバル以来、大きなイベント等はなかったです。
でも小さなイベントはいくつかありました。

全部書くのは大変なのでいくつかかいつまんで。

デザイナーズバザーというのが年2回、首都アディスアベバで開催されます。
現地のローカルデザイナー、NGO、外人経営の団体等、いろんなプロダクトが集まる場所です。
自分が現在参加しているエチオピアン ハンドメイド プロダクツ委員会(通称 CEHP)という日本人主体の組織があります。様々な組織や個人が集まり、エチオピアの製品を多くの人に、より良い形でマーケティングにのせ、多くのエチオピア人の生産者に利益が届くようにするのがCEHPの目的です。そのCEHPも様々なメンバーがエチオピアの物を使って面白い商品をたくさん作り売りました。自分も現在開発中のエチオピアンデザインカップを数個作り、売りました。
CEHPでの売り上げは生産者へ行くのはもちろんのこと、新しい商品開発にも使われます。

あとは配属先について。

クリスマスの直前に自分のカウンターパートで一番仲がよかったメレスがカナダに移住してしまいました。ビザを申請したときから何度もメールの事や、カナディアンイミグレーションへの電話を手伝ったりしてたし、奥さんがトロントに住んでいるので、ようやく息子を連れて親子3人一緒に暮らせると思うと自分も心から嬉しかった。
でもやっぱりメレスがいなくなってさみしい。
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12月にはまあまあ?大きな仕事がまわってきた。
配属先ETTEのギフトショップで使う包装紙のデザインだ。 急ぎだと言われて、いくつかデザインを出したが、今度はセールス部とコミュニケーションがとれてなくて、予算や印刷屋との契約やプリント機の性能を把握できておらず、印刷屋にデータを持っていったら「これは無理だね」と言われ、やり直し。 
しかしデザインセクションの人はデザインは変えたくないとか、ごり押しすれば大丈夫とか、みんな勝ってな意見ばかり言っててグダグダになってしまった。
しかしある日、ETTEのジェネラルマネジャーが居合わせた場所にデザイン候補を持っていくと、デザインを一つ選んで、
「ここをこーしてこーしたら、それでいいんじゃない」
という一言で即、周りの人達も納得してそれで終わった。 

そんなんで決まるんだったら始めから、、、

自分が良いと思ったやつは、やっぱり選ばれなかった。日本人や若い同僚はそれを選んだが、選ばれたのは固い感じのデザインだった。

写真は包装紙デザインの一部を切り取ったもの。
印刷は2万枚刷るらしい。
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もう一つの大きな仕事はCEHPの第一号カタログ制作。
レイアウトと原稿はCEHP代表者の方が決めて、あとの商品撮影、画像編集や文字組を担当している。日本で仕事してた時とまるっきり同じ感じだ。
この2週間、カタログの内容や変更等で何度も打ち合わせがあって大変だったが、おかげでちゃんとしたカタログになりそうだ。このカタログで収益が増えればこれも国際協力と充分言えると思う。
サイズはA3、裏表印刷で四つ折り。早ければ2月中に手元に届く予定。
これは最終版ではないので若干変わる予定。
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10月後半にエジプトにも言ってきた。2回目。
シーワオアシスの砂漠に地中海のビーチ、カイロのモスク。エチオピアから行く海外旅行は日本から行くより数倍楽しいと思う。見るもの、食べるもの、乗り物、泊まるホテル、サービス、全てに感激できる。

さらに3週間後にはキリマンジャロにも行ってくる。いよいよ初の大陸最高峰。
これを始めとしていつかはエベレスト以外の4大陸最高峰制覇への第一歩だ。
残るは北アメリカのマッキンリー、南アメリカのアコンカグア、ヨーロッパのエルブルス。
でもこれらの山へ行けるのは当分さきかな。
とりあえず、日本に帰ったら冬富士に登りたい。


今日はシャワーの排水溝から便所コウロギの小さいのが大量発生しました。熱湯をぶっかけて、あらかた流しさりましたが、残党が何匹か逃れてしまったようです。さっき目の前をぴょんぴょん飛んでました。
ちなみに現在のネズミカウンターは12匹となっています。帰国までに20の大台にのせられるか。
子犬がおおみそかから大家の家(同じ敷地内の家)に来ました。かわいいですが、自分の家に招待すると、すぐにカーペットに黒いものを残し、ベッドのシーツに染みをつくりました。
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2011年の目標はマジでこれからの人生の方向性をはっきりさせたい。
っていうかはっきりさせないとヤバい。
あ〜 でも本当になにがしたいんだろ〜? もうすぐ32になっちゃうのに。 

来年の今頃には大学院へ願書出してるころだから、それまでには決まってるんだろーな。

だといいなー

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by hoop29 | 2011-01-10 08:14 | ETHIOPIA
Jフェス 
ジャパンフェスティバル2010

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半年近くまえから実行委員として、隊員仲間と数々のミーティング、企画や広報活動を行い、ようやく10月3日に開催されました。 このJフェスの趣旨はエチオピアで働くボランティア、NGO, 大使館、その他の日本人の活動やプロジェクトを多くのエチオピア人に知ってもらい、活動しやすい環境につなげるとういものです。今回で2回目で、去年自分がエチオピアに来てすぐに一回目が開催され、その時は何も知らずに手伝っていただけでした。
 
Tシャツのデザイン 表と裏
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今回は2回目ということもあり、いろいろな面で改善をし、内容は日本文化紹介だけでなく、開催者側(日本人)にも有益なものにするべく、企画や発表内容にも去年無かったものをたくさん加える形となりました。 また大使館を通し、メディアへの積極的な広報活動も行い来場者以外の人々にもなんらかの形で伝えることも重要な要素でした。

実行委員は6人で皆でうまく仕事を分担し、長引いたミーティングもたくさんあったし、思い通りにいかない結果になったものもあったけど、みんなよくやったとというか、なんとかなるもんだなーって思います。

前日準備の風景
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会場入り口
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水資源ブース
数多くのブースが設置され、日本文化紹介的なものから、隊員やNGOの活動紹介を
エチオピア人と協力して行った。
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ステージショー 司会は隊員と隊員と仲の良いエチオピア人によりアムハラ語で行われた。
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来場者の様子
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隊員によるアムハラ語漫才 日本の漫才スタイルで、エチオピアならでわのネタを連発。
観客は爆笑の連続だった。
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このフェスの目的は現地の人に日本人の活動を知ってもらうというところにあるので、今回は首都だけでしたが、今後は地方都市、協力隊が活動している町等へ手を伸ばすことが目指すべき場所です。
協力隊、JICAのプロジェクト、NGO, 大使館の外交等、日本人の活動は幅広いですが、在エチオピア日本人が200人のみとあっては、アジア人をみて、すぐにジャパンと呼んでもらうのは実際難しいのが現状です。 それでもこのフェスがETVというNHKの様なチャンネルで放映され、すぐ次の日に配属先や、町中の知らない人に、「昨日、日本人のお祭りがテレビでやってたよ」と言われ、数万人とはいわなくとも、見た人は、この国に日本人がいて、いろんな事をやってるんだってことが伝わってくれれば、この半年間準備に費やした時間、その他大勢の協力してくれた人達の気持ちはしっかりと形になってるんだって思えます。

協力隊は、ボランティアとして活動して、笑いや涙、いろんな経験をして帰って終わるだけ、と簡単にまとめてしまえばそれだけです。しかし、ここではここでしか分からない事、ボランティアの立場、現地人との関わり方、外からみた日本、他の国際機関との比較、いろんなものや感情がごっちゃ混ぜになってます。日本にいた時より、考えるようになった事、逆に考えなくなった事も同じくらいたくさんあります。
それで、たぶん一番難しいのは、エチオピアの人の暮らしや町をみて、これを発展国のように変えるのはどうしようもなく難しいということを知ってしまう時だと思います。もちろん自分達は人々の暮らしを変えるのではなくて、良くするためにここに居る。でも良くするためにはもっと根本的なことも変えなくてはいけない。例えば、日本でゴミや無駄を減らすためにコンビニを無くそうとか、環境の為に車に乗るなと言っても、それは難しいのと同じ様に、どうしようもないんじゃないと思ってしまうことが見えてしまう。その事を思い知らされるためにここにいるように思ってしまう時もある。

で、あと一年残った今思うのは、当初の目的通り、できる事をやるしかないってことです。
それにエチオピアには、いいこともたくさんある。それは他のどの場所でもなく、今ここに住んでいる人間だけが感じれることだって思います。
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by hoop29 | 2010-11-01 01:39 | ETHIOPIA

8月

8月ももうすぐ終わりそうですが、ここ2ヶ月の足跡を。
7月の初めに今まで使っていたラップトップが完全に壊れ、データもいくつかバックアップとってなくて7月はほとんどコンピューターが使えなかった。8月に隊員の親切な友達に新しいラップトップを持ってきてもらい、滞っていたデザインの仕事も再会。MacBook Proいいっ!

ETTEでは6月にデザインを頼まれたものは全部終わらせたので、7月、8月は個人的に頼まれたデザインなんかをしてました。
今、大きく関わっているのが10月に開催されるJAPAN FESTIVAL 2010。去年、自分がエチオピアに来たばっかりの頃、第一回が行われて、今回は第2回目となるフェスです。なりゆきで自分も実行委員の一人になり広報、デザイン関係を担当しており、このJフェスのためのデザインの仕事をしてました。

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またもう一つ新たに参加しているのが、エチオピアで活動するNGOのアフリカ理解プロジェクトのSさんが主体となって発足したCommison for Ethiopian Handcraft Products(CEHP)です。現在エチオピア国内で商品開発、一村一品等に関わる人達があつまり、いままであまり行われてこなかった配属機関や活動場所をこえた情報交換、アイデア交換、共同商品開発を行っています。

自分一人で考えていても思いつかないことも、このCEHPでは「あっ、それできそう」っていう感じで配属先での新しい商品開発につなげられそうなこともあり、CEHPは今後も大きく関わっていくと思います。

下の写真は職場で撮ったもの。一番付き合いが多い同僚のメレス。(セクションのヘッドでもある)
でも彼はカナダに今年の秋ぐらいに移住してしまう。今はなにかあると職場では彼が助けてくれたり通訳になってくれたりしてるので彼が抜けてしまうのは寂しい。
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6月から9月までは、学校の教師隊員は雨期休みなので、彼らの余暇活動やイベントに顔をだしてちょっと手伝ったりもしてました。あとは9月に帰ってしまうバスケ隊員の最後の大きな仕事となるサマーキャンプにも数回だけど参加して、子供達とバスケしたり大会に出場もさせてもらってました。

その他にエチオピア協力隊(JOCV)用のカレンダーを制作し、先週データを印刷屋に持っていったので再来週には出来上がるはず。ちなみに何故カレンダーがこの時期かというと、エチオピア暦では9月11日が年明けにあたります。カレンダーもエチオピア暦と西暦の両方が載ってます。だから今月はエチオピアでは12月。おまけにエチオピアでは時間も6時間づれている。
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表がカレンダー、裏はボランティアの紹介になっていて計13ページの作りになっていて
表は日本風、裏は自分で撮影したエチオピアの写真を背景にしたデザイン。
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今日は理数科隊員が作っているプラズマテレビという教育テレビプログラムの提案と政府の協力要請のために仲間の隊員が教育省へ行く機会があり、それに混ぜてもらいJフェス実行委員の隊員とともにJフェスの宣伝に行ってきました。実際に副大臣と話すことができ教育省と直接関わりを持つことは今後大勢の隊員の活動の後押しにもなるので、これからも良い関係作りを、、、なんて思いました。
これから10月まで、Jフェスの仕事、とくに隊員活動紹介のムービー作りという大きな仕事を抱えていて、それプラス個人的に頼まれているデザインの仕事もかなり積もってるからETTEの仕事ではないけど、とにかく久しぶりに日本で働いていた時みたいに常に頭のなかで、あれしなきゃ、これしなきゃって状態のこの頃で、なにやったらいいんだろって考えてたころより楽しいな。
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by hoop29 | 2010-08-26 18:43 | ETHIOPIA

6月

あと数日で20年度1次隊の先輩隊員達が2年の任期を終え日本に帰る。
住んでる場所も歳も近く、一緒に良く旅行した仲の良かった隊員も帰ってしまう。
彼のおかげで大学でゲスト講師としてレクチャーをする機会をもてたし、いろんな話しを出来る相手だったので本当に残念だ。

エチオピアにいてエチオピア人だけとほとんどの時間を過ごすのかと思っていたが、日本では知り合うことのなかった分野で働く隊員やいろいろな活動をしている日本人、外人との交流は貴重な体験であり、時に活動より重要な時間、情報、経験を与えてくれる。 これからもいろいろな人達と知り合いたい。

5月に行った大学でのレクチャーはというと、手元にあったポートフォリオは十分ではなかったし、訓練所の英語の語学訓練以来はじめて人前で話す機会だったが、一週間かけて準備し練習もしてなんとかうまくいったと思う。 このおかげで長年使ってなかった英語の感覚が少し取り戻せた。
職場でも英語で話すのだが、お互い英語が第二言語なのであまり高度な英語の会話はない。ただレクチャーをした大学はエチオピアではレベルの高い方の大学なので、デザインの話しや細かいことなど多少難しい言葉を使っても理解してくれたようだ。レクチャー後には興味を持った生徒が何名か質問しに来てくれて、講師や生徒達から感謝されたのはとても嬉しかった。

配属先で最近デザインしたのは大きなエチオピアンレストランの店内に飾るバナー6個だ。 このレストランの内装はETTE(配属先)が手掛けており、南アフリカのワールドカップのどこかの会場で臨時で出すレストランの天井から吊るすバナーだ。 大きさは約150x70cm。 モチーフはアーティストがエチオピアの名所等を描いた絵を使うこととなった。 既に額に入っているのを同僚が撮影し、その写真にフォトショップ(コンピューターソフト)で色等の修正を加え、データを印刷会社に渡して塩化ビニールらしきシートにプリントした。天井から吊るすためのポールとバナーの下のフレーム的な部分もデザインした。急にデザインを頼まれ、今日中にデザインが欲しいと言われ時間には余裕がなかったが、そのわりには良く出来た。木材工場の人も急ぎでポールとフレームを作ってくれて間にあった。
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良く見えないけど白い部分に模様も入っている。


他の新しい動きはというと、バナナの葉の繊維と再生紙を使って独自の紙をハンドメイドで造っているエチオピア人と隊員仲間の紹介で会った。彼に協力し、ロゴデザインや新製品開発を一緒にすることになった。 
その他に、エチオピアに長期在住している日本人夫婦が主体となり、エチオピアにいるクリエイティブ関係の人達を集めたワークショップにも参加させて頂いた。過去にこのようなワークショップはなかったらしい。このワークショップはコラボレーションや情報交換の場として、とても有効な場であると参加した皆が賛同し、個人での活動からだけでは考え付かない新しいアイデアや目標も生まれた。

今NBAファイナルの第7戦をバスケ好きの隊員たちと徹夜で、寒い中、紅茶を飲み続けながら見終えたところだ。一人はまだソファーで寝ている。 NBAが観れるようになったのはつい最近。家のテレビに衛星放送をインストールした。このエチオピアでNBAが観れるなんて今まで全く知らなかった。猿渡健司を知っている人は、自分がどれだけNBAを真剣に観るか知っていると思う。スポーツは宗教だという言い方があるが、まさしくそれだ。この第7戦、対戦チームも最高、しかもすごいいい試合をLIVEで見れてしばらくは何もいらない。
ってのはうそになるな。でも次のNBAシーズンが始まる11月までが長いなー。
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今週末は5年に一度のエチオピア首相の選挙結果発表がある。そのため不要な外出、夜間の移動、旅行等は危険が伴うため出来ない。 警戒期間が過ぎたら北部地方にあるバハルダールで活動をする同期隊員達に会いに行こうと思う。 楽しみだ。

ねずみは今は4匹目と駆け引きの毎日。今日はワナ(バチンッてはさむやつ)に、エキストラトリックを仕掛けた。いつもエサだけ持っていく相当器用な奴だから、引き金となる部分とエサをアロンアルファでくっ付けてみた。 
Come get my food if you dare! This time, you won't be going home!!!
Let's see who's smarter.
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by hoop29 | 2010-06-18 15:56 | ETHIOPIA

最近の活動報告


エチオピアに来てから7カ月が経ったなー。
7カ月が長かったのか、早かったのかはわからないな。 でもあと1年5カ月と考えると長いよなーって思う。

JICAへの報告書2号は4月前に提出って事になってたんだけど、まだ出せずじまい。 職場での制作物が進んでから、それらの事を書こうかなーって思ってた。 というのが言い訳。
でも3月くらいから、仕事らしい仕事が出来るようになり、今デザイン中のものがいつくかあり、すでにデザインを終えて制作に入っているものもある。 
3月くらいにブログでとりあげたカーテンカバーは、先週ようやく木材をカットし終え、いま彫刻の段階にある。
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ここ数週間デザイン中のものは、すでにデザインを終えたものも含め、職場用の机2つ、椅子2つ、それと縦2.5m、横6m、奥行き2mくらいの輸送用コンテナをそのまま利用した店舗(窓と扉の形と位置のみ)2つ。 いずれも職場からふられた仕事だ。 

ちなみに下のが1つ目の机の設計図
シンプルな構造(職場の工場にて生産可能なもの)で、かつ特徴があるもの(エチオピアでは見ないもの)、とうのがこの机のコンセプト。
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こういうものはAuto CADというソフトを使って設計図をつくるものなんだけど、自分はイラストレーターっていうソフトのほうが断然なれてるので今は自分式の設計図でつくってもらってる。
そもそもプロダクトデザインは未経験に近いから、まだ手探りな感じ。

あとこれはこっちに来てから建築家隊員に教えてもらったGoogle SketchUPっていうソフトで描いたもの。
これも渡して参考にしてもらってる。
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これが2つ目の机。
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今回は職場用の机という事もあって伝統模様等は配慮しないことにした。純粋に骨組みとなるデザインのみ。

工場の技術が一番デザインしてて考慮しなきゃいけない所だ。 でもなるべく新しい造り、形をとりいれてもらい今後、自分が個人的にデザインした他の家具や作品を難なくつくってもらえるようにしたい。 

日本でやっていた本職のグラフィックデザインがどう役立ってるか、役立てていくかはまだ分からない。コンピューターソフトを使える事は大いに役立っているけど。 
近いうちに建築隊員の紹介で、大学の建築学部の生徒と先生を対象に講義を予定している。 日本での仕事でつくったデザインの紹介がメインになるんだけど、こういうのは初めてだからどうやったらいいのか今考え中。
こっちに来てから全く経験してなかった緊張感を味わえそう。 


追申:コメントくれた方々へ。 いつもありがとうございます。コメントをチェックする頻度が少ないので気付かずに長い間返事しなくてすみません。 チェックするようにします。

あと、数か月前に、ねずみ第一号から食器洗いスポンジを2個持って行かれたってこと書きましたが、数日前ねずみ3号が出現した時に、今まで存在をしらなかった台所の引き出しを開けたらありました。こなごなになってましたが色から辛うじてあのスポンジ達だとわかりました。 
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by hoop29 | 2010-05-07 05:28 | ETHIOPIA

Awash mountain

というわけで、また旅行の話しです。 しかもまた山です。

先週末、アディスからバスで4時間ほどのメタハラという町で活動する、ふみ君と一緒に、さらにメタハラから30分離れたアワシュにある無名峰に行った。 完全に登山道もなにもない所で行き当たりばったりでルートファインディングしながらの山登りだったが、冒険心をかきたてられた山だった。

アプローチが結構大変だった。朝は雨がパラパラ降っており、一度アワシュから4キロぐらい離れた橋を渡り、さらにそこから何キロあるのかわからないブッシュのはえた草原を歩かなければいけなかった。
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これは道路から離れ草原に入ってすぐにあるレール。エチオピアの列車は現在稼働していない。

ブッシュの中にトゲがついたものがあり、うっかりそいつに突っ込むと悲惨なことになってしまう。
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ブッシュ地帯をコンパスを頼りに山の方へ向かう。 この辺はアファール族という遊牧民が住んでおり、はち合わせたらどうしようかというのも心配だった。

雨に降られ濡れたが出発から2時間ちょっとで、山の取り付きへ着いた。 
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50m登って振り返ると、出発点まで見渡せた。
エチオピア でかい。


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山の山腹
山頂は雲にかくれてまだ見えないが、雲がだんだんはれ始めていた。

取り付きから3時間。 頂上。 ちょうど雲も晴れた。
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あまりの景色のよさに2人で大人げなくはしゃぎまくった。
下の方に遊牧されている動物が小さく見えた。

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山頂から続いている稜線を見るふみ君。

周りの山々の地形だけでなく空気の湿度や匂いも日本の山に似ていて、すごい嬉しかった。
なによりも、本当に登れるのか分からなかった山で、実際、あっちじゃない?こっちかな?って感じで道なき道を進んで、ちゃんとたどり着けた事がさらに喜びを倍増してくれた。
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帰り道は別の尾根を下った。 
さらに橋まで戻らずに、どこか無理やり川を渡れれば時間が稼げると賭けてみた。
この道のりが一番大変だったけど、結局川は増水していてどうやっても渡れる状況じゃなかった。これのせいで帰り途は来る時よりずっと時間がかかり、厳しかった。 腕や足もトゲや枝のせいで擦り傷がたくさん残った。


やっぱりこういうのが楽しい。これを楽しいと思えなくなったら嫌だな。


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by hoop29 | 2010-03-12 06:12 | ETHIOPIA