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内陸編

漁師の方に羅臼の例の土産屋の前まで送ってもらった。
まだ時間が早かったので、土産屋も何も開いていなかった。 熊の湯とか呼ばれるタダの温泉が歩いて行ける距離んあるのをしっていたので時間もあったし行ってみることにした。 羅臼とウトロをつなぐ道の途中にそれはあった。ただし、羅臼の海岸から登りが続き、結局1時間ぐらい歩いたと思う。 途中で食堂も見かけ、その時は開いていなかったが温泉の帰りにでも寄ってみようと決めた。(個人経営のちょっとかわった、またはおしゃれ、または地元っぽい食堂とかに入るのが好き)
温泉は2~3人お客さんがいて、みんな地元の人みたいだ。 まあタダではいれる露天風呂家の近くにあれば自分もいくだろうな。 ボディーソープをかりて、3日ぶりにちゃんと体を洗えた。 
やっとここまできて、知床とももうすぐお別れかと思った。 
着た道をまた羅臼に向けて歩き出す。 食堂も開いていて、「やった!」と思い入った。
こじんまりとした店でお客が一人だけいてラップトップで店の人となにかやっていた。 料理はとてもおいしかった。 おかみさんと話をしていて、これからどこ行くのと聞かれ、北海道の登りやすい山をどこか登ろうとしているといったら「この人ガイドよ」ともう一人のお客さんの方を見て言った。 そのガイドは桜井さんといった。 そして自分の知床の岬へ海岸を歩いた話をしたら、カヌーのおじさんに会わなかったか?と聞かれ、なんと、その桜井さんが、俺が岬であったおじさんと一緒に岬にいた仲間だった。
いくら羅臼が小さな町だとしても食堂はいくらでもあるし、「こんな偶然があるのか」と自分でも感心し、またこれが旅や山登りとかの面白いところなのかも知れない。 その後も親切に、大雪山を勧めてくれて、移動経路までインターネットで調べてくれた。 ついでに帰りの飛行機もこの時にとらせてもらった。

話しはそこで終わらずに、「今日の夕方、道の駅でレストラン経営してる友人がバーベキューパーティーをすぐそこのキャンプ場でやるからきなよ。」と誘われ、ちょうどそこに今日は泊ろうかと考えていたので行くことにした。 

そこから、お世話になった土産やに戻り、たくさん魚介類やお酒を買って実家にクール宅急便で送ってもらう。 そしてまたお別れをして店をでた。 
また同じ道を例のキャンプ場へ向かう途中、あの食堂を通りかかった時ちょうど桜井さんが車を出すところで、「キャンプ場まで連れてくよ」といわれ乗せてもらった。 キャンプ場はとてもきれいで森に囲まれいいところだ。 大きなキャンピングカーとバーベキューセットがあり、ここが友人の場所だと教えてもらった。まだその時は外出中だった。 桜井さんは用事があるので「夕方またくる」といってその場を去った。
キャンプ場の敷地にはシカも草をたべていたり、バイカーやオートキャンプや普通の人もいて、でも混んでいなくて長閑な雰囲気だった。 自分もテントを張り、湿ったものを乾かし、つい今朝まで知床岬にいたことを思いだしながら昼寝をした。 とりあえず足も休められるし飛行機もとれて、次の行き先も決まり心配することは何もなかった。

夕方に桜井さんに呼ばれ、彼の友人を紹介される。 森さんという人で家族と仕事仲間と一緒に東京から知床に来てた。道の駅にレストランを持っており、東京ではパク森カレーという店を2店、経営している。
パク森カレーはレトルトカレーとして東京でもスーパーで売っている。 
さらに途中から地元の若い漁師のお兄さんが一人加わり、森さんや友人の家族も一緒で、とても賑やかなバーベキューパーティーになった。 途中から雨が降り出し、テントの防水チェックに行った。
森さんはすごい人だ。 自分でカレーの研究をし自分で店を出し今にいたる。
バーベキューは料理に詳しい森さんが超豪華メニューをどんどん出してくれた。普通にかったら相当する肉や魚を出してくれるし、さらにとっておきは岩魚の燻製を熱燗にいれるやつだ。とても贅沢な飲み方らしい。
雨は一向に止まず足元は水たまりになっていたのでみんなで溝を堀り水路を作り水はけをした。
その後も遅くまで酒を飲みながら、森さんの知床での漁師と共同でつくる新商品の計画や、沢登りや、やくざとの喧嘩で負った体中の傷の話し、新婚旅行で行ったバイク日本縦断の話し、漁師のお兄ちゃんが近年の羅臼の漁業について語ったり、桜井さんのガイドの話し、とにかくいろんな事を何時間も話し続けた。
自分の話をすると、「知床はいいところだ。英語が話せればガイドの仕事はある。」 桜井さんも「俺も昔は日本をぶらぶらしてたけど知床にたどりつた。」と勧められ、本当にいつか知床に住むのもいいかなと思った。

翌朝も朝食に誘われる。桜井さんはもういなかった。
またまた森さん特製のカルボナーラを頂く。 おいしかった。
自分も料理が上手い人になりたいと思う。 人においしいと思わせるものを作れるようになりたい。

なにはともあれ、とにかくとても心のいい人達だった。 そして知床をもっと好きになった。
その日はずっと移動だった。 ここから大雪山の入り口、層雲峡まで。

電車からの景色は爽快で、とても気分が良かった。
数日前自分が歩いた稜線が遠ざかっていく。
Goodbye Shiretoko!
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キャンプ場からウトロへバスで行き、そこからまたバスで知床斜里まで。 そこから電車を乗り継ぎ網走、上川まで行き、そこからバスで層雲峡へ。 
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層雲峡へ着いた時は夕方だった。 途中コンピニで食料を買い込んだ。ケーブルカーから20分くらい離れた道沿いのキャンプ場へいったが無人で真っ暗だった。 

朝、ケーブルカーで登山口へ。ここは観光地で黒岳まで人が多いい。 外人も多かった。
その先は人もへり、景色も開ける。北海道の山々だ。 本州の山とは地形が違う。
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この日は大雪山の鉢と時計回りにぐるっと回り、たしか白雲岳避難小屋でテントをはった。 足はやはり午後から痛み出し最後の方はかなりまずかった。 

ところどころに残雪が残っていた。
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途中でニコラスというフランス人と出会う。途中で何組かの欧米人と話したが、ニコラスはこれから行くルートが同じだった。一度すれ違ったときは自分とは逆回りで鉢を回った後に白雲岳避難小屋にと言っていた。 その日はかなりの数のテントがあり、どのテントかわからなかった。



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翌日、足の事を考えトムラウシへ向けて早目に出発。 始めはきれいな朝日のなかの山々がきれいで、足もよかった。 しかし太陽も上がったころから徐々に痛み始めペースもどんどん落ちた。 
途中でニコラスが後ろから追いついてきた。休憩の多い自分に会わせてニコラスも休憩を多めに取ってくれて一緒に歩けるところは一緒に歩いた。 休憩の間は旅の話しやフランスのはなし。仕事の話し等をした。フランスには丸々2か月間休暇を取れる制度があり、まいとしニコラスは世界のどこかに出かけると行ってた。去年は中東かどこかに彼女といったらしい。 今回は日本を北から南へ山と電車を使って最後は東京から帰るらしい。 だから長野の山の話しなどもした。
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午後はもっとペースが落ちニコラスにも先に行ってもらった。 休みを多めにとり、予定よりかなり遅れて、しかも疲れた状態でトムラウシふもとのキャンプ場についた。 ここは水場がないので近くの池でボトルに組んで煮沸して使った。 
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初めは足さえよければ、トムラウシからさらに南西に向かい美瑛山、十勝山まで行く予定だった。しかし地図をみればトムラウシからの道はアップダウンが激しく相当行かないとテント場もない。くやしかったが、またあきらめた。 
トムラウシの頂上までキャンプ場から20分。 しかしその時、自分はトムラウシが100名山の1つとしらなくて、「まあいいか」とあきらめ、頂上に行かずに次の日に下山してしまった。
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翌朝、ニコラスは十勝山へ向かい、自分は一人トムラウシから南にあるトムラウシ温泉があるところへ下山した。  

下山の途中ので撮ったトムラウシから十勝の方へ続く尾根。
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降りる間、たぶん合計で100人くらいの登山者とすれ違った。この山は下の温泉旅館から日帰りで行ける人気の山だ。
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かなり消耗しながら温泉に着き、温泉につかる。バスを待つ間、テントや寝袋を干し、洗濯機もあったので選択もした。 その後バスでたぶん新得というところまで下り、駅近辺をぶらぶらし、ちょっと入りずらいような地元の飲みやに入った。客はいなかった。そこでいろんなものを飲み食べ、さらに後からきた2人のなじみの客のおじさんと一緒にのみ人生話を話したり聞いたり、何杯かおごってもらったりと愉快な宴だった。

その後、目をつけておいたライダーハウス(ツーリングバイカー御用達の北海道に多いい簡易型安宿 一泊
タダ~1000円くらい?) に行きで先客にスペースをつくってもらい、また旅の話や情報交換しながらそこに泊った。
朝は電車にのり富良野の方にふらの~っと行く。 飛行機は札幌の千歳空港からだから富良野は通り道だ。
なのでちょっと寄ろうと思った。

富良野に着き、観光案内でチーズ工房への行き方をしらべ直行。汚い日焼けした顔で一人ででかいバックをしょったままなので観光客の中にいるとちょっと浮いてしまっていた。 でもチーズ工房で食べたピザは超うまかったし、そこで夕飯、朝食用にチーズフォンデュとチーズブレッドも買った。工房の近くに写真家のちいさな展示館がありバスを待つ間に行ってみた。思いのほか立派でいい写真があり、名前も自分と同じKENJIだったので小さいカレンダーを買った。
その後、隣駅にあるキャンプ場でテントを張る。駅からは40~50分ぐらいある。
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小高い丘のラベンダー畑をのぼり、さらにそのおくにある。 軽装で駅に戻り、これまた地元の雰囲気ぷんぷんの飲みやで食べまくる。聞いたこともない地元の料理とかが面白い。たまに名前が違うだけで普通の唐揚げじゃんとか思う時もあった。
帰りにさらに酒をかいテントに戻ってからさらに飲んだ。

もう東京にかえらなきゃ。


次の日は電車にのり札幌へ。

札幌は別世界だった。 2週間近く山やキャンプ場にいたからだ。 しかももっとまずかったのは現金が2000円くらいしかないうえにUFJがATMのシステムをなんかしててカードが全く使えない。
電話して調べて、なんとかクレジットカードの使えるカプセルホテルを見つけた。 北海道旅行の最後がカプセルホテルかと思うと、ちょっとなさけないな。 
暇なので、夜までずっと町をぶらぶらしてた。暇すぎて、いつのまにか一人でハムナプトラ3を見ていた。
最後の日なのでクレジットカードで豪華に食べた。

カプセルホテルも近代的でなんでもそろってて思ってた以上に快適だったな。 でももう泊らずにすむ人生がいいかな。

次の日、千歳から東京へ戻った。

この15日間の北海道の旅は今までの単発で行ってた長野の山登りとは違った旅だった。

もともと計画していた知床半島縦走は四分の一も行かないうちに失敗。 でも大事なのは、その後どんな行動をとったか、そして何が出来たかだったと思う。 膝のために悔しい思いをした。いままでにこういう事はなかっただけに、その時は落ち込んだ。 しかし膝が良くなくて登山を中断したことを後悔する事はしたくなかった。 自分にとっては想像外の出会いや、いかなかったはずの場所へたくさん行けた。だからこの旅の事は心から満足しているし、これからの旅に対しての期待や可能性に繋げられる。

旅でお世話になった人達に届かないかもしれないけど伝えたい。 ありがとう。
いつも旅ってものは、自分じゃない、他の誰かや何かが特別なものにしてくれる。

北海道にはそれがたくさんあったと思う。
もっと世界中にそういうものをたくさん見つけたい。
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by hoop29 | 2009-03-21 23:11 | 北海道
2008 7月27日
いよいよ自分の一握りに満たない経済力とかたよった情報収集能力と中途半端な体力を懸け、オリンピック開催並みの気合いで、まだ生まれてこのかた踏み入ったことのない北海道の大自然に身を委ねる旅がはじまる。

10日から12日間の行程は知床の岩尾別温泉の登山口から始まる。羅臼岳に登り、そこから尾根上をひたすら岬に向かい歩く予定だ。  本でも、ネットで調べた情報でもわかっていたように、この尾根は登山道はなく、ほとんどハイ松の薮こぎというものだ。 自分はちょっとだけハイ松の薮こぎを北アルプスで道に迷ったときにやったが10メートルすすむのに5分かかる。おまけに体は松ヤニでべとべとし、枝で顔がひっかかれ、ぎっしりと生えた松は足が地面に着く事を許さない。 行程の途中はわずかにしか水場がない。    
とにかく不安要素たっぷり、重たい水もたっぷりもって突っ込む勇気が必要だ。

出発時の東京は暑かった。 羽田から直行便で女満別空港に降り立つ。飛行機を出た瞬間すずしさを感じられる。 一番安い残り物の便だったので到着は6時くらいだった。 網走行きのバスはもう無いのでタクシーに乗り西女満別駅でおろしてもらう。 無人で雑草が大きな顔して繁栄する秘境の駅だった。 待ち合い用の小屋に自由ノートがあり、これからの幸運を祈り書き込みをする。 
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日も暮れ暗くなった頃、ようやく電車がくる。そこからは2時間くらいかけて知床斜里に着く。夜なので景色は見れない。 この駅周辺のキャンプサイトは時間が遅いためもう閉まってしまうとわかっていたので予約しておいた民宿に止まる。 朝はイクラまでついていて量もたくさんあり満足。 駅から出る知床ウトロ行きのバスに大きなザックと期待と共に乗り込む。 
天気は快晴。初めてみる北海道の景色や道に感動。顔のニタニタがもどらない。  
知床のウトロの自然センターに着き、係の人に登山道の情報をきく。 海岸ルートの危険箇所が書き込んであるファイルをみせてもらい、写真に撮る。 カメラの液晶スクリーンで拡大して見れば文字まではっきり読めるのだ。
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事前に確認しておいたガスカートリッジもここで購入。 (ガスや火器等は持ち込み禁止、または規制があり飛行機に乗せられない。 帰りの便でも、あまったガスカートリッジは空港の荷物チェックの所でもったいないが処分してもらった。 )
ベアーアタック対策に、カラン コロン と軽快な音をだすベルと、思いっきり吹くと、ほんとにやかましいホイッスルもここで装備に仲間入り。 バスがくるまでセンターにある本など目を通しているとセンターの人の勧めで羅臼の小学生の冒険クラブが毎年行う岬までの海岸ルートトレッキングの絵本があるというので見せてもらった。 海岸ルートは所々、海水に浸からなくては通れない場所もあるので小学生でも通れるとわかり少し安堵した。

自然センターに寄ったため登山口直行の午前最後のバスにのれず、途中までしか行かないバスにのる。 そのバスをおり3kmほど舗装された林道をあるいていくと登山口につく。 この林道で早くもエゾシカが侵入者のチェックに来た。

登山口の木下小屋の主人に水場や道の事等を聞きいた後いよいよ登り開始。 
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羅臼までは普通の道が続き、一般の登山者、外人の観光客と何度もすれ違う。 太陽は暑いが、陰に入りじっとしているとすぐに体の熱は引くので心地いい。
小屋で聞いたとおり弥三吉水という水場は水があり、ここで2リットルほどタンクにいれる。
この水場で一息いれていると、朝早く登った人がすでに下山してきていた。
この上にある銀冷水という水場は涸れていた。  この先は大沢という開けた所にでる。 ロープと杭でルートからそれないようになっている。    ここでまた地元の生き物とすれ違った。
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この辺りは急な登りになるが、もう一息で羅臼平だ。     しかし左膝にかすかな痛みを感じはじめた。

羅臼平につき荷物をおろし、食べ物はフードロッカーへ。(この辺りのキャンプ指定地にはクマ対策のため設置してある)   カメラと水だけ持ち山頂へ向かう。
これは山頂まで15分くらいのところで撮ったもの。
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途中で単独の人に2人であい、そのうちの一人のおじさんを世間話をする。
山頂から見る内陸側。 稜線を隔ててウトロ側(右)は晴れ。羅臼側(左)は雲の下だ。
これから3日ほど、こんな天候が続く。 オホーツク側と太平洋側で気候が違うのだ。
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これは山頂から撮った、明日向かう予定の硫黄岳方面。 まだまだ遠い。
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羅臼平から山頂へ向かう途中にある岩清水とよばれる所。 
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この辺りでは唯一の水場だ。みずは雪から溶け出したばかりのごとく冷たい。 コケと岩から垂れ続ける水をチョロチョロとプラティパスに5分以上かけて入れる。 どうしても周りの水がはね手が濡れてかじむほどだった。
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山頂を往復してくる間に膝の痛みがはっきりとした痛みに変わり最後の方ではまともに膝を曲げれずになってしまう。  この左膝は数週間前ジョギングをハードにしすぎた日の後にバスケットをして一度、痛めた膝だった。  数週間安静にしていたため眠っていたようだが、ここで再発してしまったようだ。

とにかく羅臼平でテントを張り、クマを気にしながらご飯をたべ寝る。 この日は近くに一人テント泊の人がいただけだった。   膝の痛みの不安、そして計画した行程をこんなに早く諦めなければいけなくなるかもという失望感に包まれた夜だった。

2日目
朝方トイレのため外にでると痛みは引いてはいなかった。 この時は本当に憂鬱だった。 とにかく硫黄山まででも行ってみようと歩き出す。  やはり、痛みでスピードが落ちてしまう。こんなスピードでは水に制限がある数日にわたる薮こぎを突破できないのは目に見えている。
下り道は最悪だった。 脳がもう歩くなと言ってくる。 できるだけ右足だけを使った歩きにする。
羅臼平から硫黄岳方面に向かう人はほとんどいない。ここから先が知床らしい山容だと思う。昨日、羅臼山頂付近で出会った人は、羅臼平の少しさきにある三ツ峰にテントをはっていた。もう硫黄にむかって出発してしまったようだ。 ちなみにここの水場はかれている。
これはサシルイ岳から、羅臼岳をふりかえったもの。 この地形と緑色は北海道特有だ。 
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ここから先に下って行くと残雪の雪渓がありここで水を補給。 解けたての水だから大丈夫と思い水はそのまま飲んでしまったがおいしかった。
(普通であればキツネなどから発生するエキノコックスという危険な寄生虫を殺すため煮沸してから飲まなければいけない。)
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この日は休憩も多くとりながらあるいた。途中オッカバケで、早朝に岩尾別から登ってきた人に出会う。いろいろ話していると、自分が今回参考として読んだ網走山岳会の伊藤さんという方が書いた本も本人の事も知っているそうだ。 他にも色々話しをする。その人は日帰りで岩尾別に帰える予定だったが硫黄山のほうから降りてみるといって先に行った。
まだ硫黄岳の下山口まではかなりの行程が残っていて、その人が明るいうちに着けるか心配だった。
自分はその後ものろのろ歩き二ツ池という場所でテントを張ることにした。
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ここで前日、羅臼で会った単独の人(三ツ峰にテントを張ってある人)が硫黄山を往復して帰ってきた。話をきくと相当道がわるいらしい。とくに硫黄山付近が。浮き石ばかりで危険だから膝が悪いなら辞めた方がいいよと言われた。 

まだ午後1時だったので2時間ほど池の周りを散策した。 ここはとにかく小さい虫が無数にとびかい鬱陶しかったが、あまりにも多いので途中から無視することにした。  ラーメンを調理している時とテントを張っている間にあっというまに20カ所ぐらい蚊にさされ大変な思いをした。
ここでは池の水を飲み水とするが、さすがに虫が浮いているし動物も水場として使っていそうなので出来るだけきれいな所で水を汲み、すべて煮沸する。 テントに入っても日が辺り暑くてじっとしていられない。しょうがないのでまた外をうろうろすることにする。
といっても池以外なにも無いので池の中を観察したりするだけだった。
ここで思わぬ生き物を見つけた。 水のなかを注意深くみていると偶然なにか動くものが目に入った。 さらに目をこらし続けると小魚みたいのがいる。 4cmぐらいだったかな。でもへんてこな形だ。そしてようやく気付いた。 サンショウウオの幼生だ。  このもっと先にある大きな沼にはサンショウウオが生息すると本で読んだ。 しかしこんな上の稜線上にある池にいるとは。後でウトロのパークレンジャーの方に聞いた話だが、今年は雪解けが早く水温が高かったため普段孵化しないサンショウウオの卵が孵化したんだろうとうことだ。

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池の近くの道。
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この日の夜はかゆさと戦いながら、たまにホイッスルを鳴らしたりして寝た。 夜は蚊の大群も消えていたのでテントから上半身だけだして、夜空にちりばめられた光の粒を見上げ好きなピアノの曲を聞きながらぼーとしていた。    今日のコースのデザートかな。

3日目  8/30
前夜テントの中で迷いに迷って、いろいろな可能性を考えた結果、今日下山することを決めた。  これは大きな声では言えないのだが、実はこの先進む硫黄山の下山ルートは現在通行止めなのだ。 しかし硫黄山までいって、またアップダウンを繰り返し来た道をもどるのは嫌だった。 昨日、途中で先にいったおじさんも硫黄山のほうから下山したはずだし、なんとかなるだろうと思い強行する。 

まずは南岳への登りだ。この道はとにかくハイ松が濃く登山道も狭いため、足下が見えないくらい枝や葉が上半身をたたく。 顔には何度もクモの巣がかかり、とにかく我慢の登りだった。
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南岳を過ぎて知円別岳がちがづくと登山道は開けて歩きやすくなる。しかし所々道がわかりにくいので注意が必要。 その先はお花畑もあり、平和な感じの所がつづく。

知円別岳の分岐点からはいきなり危険な浮き石だらけの斜面をトラバースする。 
写真はそのトラバースのスタート地点で向こうに白くみえるのが進むべき稜線だ。
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はじめはこのトラバースは登山道じゃないだろうと思い高捲きしようとしたら、さらに危なくなったので引き返した。 ここは水平になるべく安定した岩や石をふみながら通過する。なんども人が通るうちにできた、それらしきトレースみたいのがあるのが近くにいくとわかるはずだ。 そしてこれが白い稜線にでてから振り返って撮ったもの。
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白い石でできた稜線にでてそこからはアップダウンが続く。 この先にはへんてこな形をした奇岩がある。 この岩の真下を通り抜ける。
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さらに進むと硫黄山手前の小ピークに出るが、そこから硫黄山にむかうルートを見失ってしまう。 ややこしい事にバツ印がついた岩の向こうに降りれそうな箇所があり、そこを東に下って行くと道らしい道(ハイ松が濃く、とおくからでは見えない)になり、東にある小さなピークとの鞍部にでるので、ここから北に折れてガレ石を下る。 すぐに硫黄山山頂を指す標識が見えてくる。しかしどこから登り始めればいいのかはっきり分からなかったので荷物を置きとりあえず上を目指して登った。

見た目よりも山頂は上で、結構時間がかかった。30分くらいか。  しかし山頂の展望はすばらしい。岬までは見えないが360度みわたせる。 登ってよかった。 
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山頂から羅臼岳側をふりかえる。
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この先にあるのはまだ見ぬ岬。 本来であればこの先の濃い緑の尾根を行くはずだった。
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山頂から下山道への分岐点を確認しようとするが分からなかった。  左膝をかばいながらゆっくり降りるとペンキの印がついた登山道があった。登りも、ここから登ってれば少しは楽だったな。  荷物まで戻り地図をたよりに下山道への分岐点へ向かう。 さっきの正規の登山道はまた登り返さなければならないので、なんとか登らずに地図にある下山道へでれないかとおもい、岩場をトラバースする。 しかしこの岩場の岩はもろく、つかむとボロボロくづれ、踏み込むと岩がゴロゴロ斜面を落ちて行く危ないところだった。なんとか通過するがよけいに体力と時間がかかってしまった。ここは上の道を行くべきだった。  いそがばまわれってね。 

分岐点はすぐに分かった。 がコンパスや地形をみて念を押す。 後は下りだけだと安心するが安心するにはまだ早かった。
膝はそれほど悪くない。 しかしここの長い下りは本当に長かった。左膝を気遣いながらだから別の所に負担がでて疲れ安くなるからそう感じたのかも。  地図上のという箇所の30分ほど手前は、土砂崩れがあったらしく、残雪のかたまりが茶色く砂をかぶっていた。  それでも、その雪からチョロチョロ解ける水は澄んでいて冷たくおいしかった。
直接四つん這いになり、水をすすっている所。
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沢出会は地図にあるとおり迷いやすいと書いてあるとおり実際分かりづらかった。
そこまでは涸れた沢道をまっすぐ下ってきたが、この沢出会では左に折れて薮の中をすこし登り登山道になる。そこからは、ひたすら草や木が濃い所をじりじり高度を下げていく。途中でクマの糞をみつけ、しばらく緊張した状態で声をあげたり手をたたいたりしながら下った。新噴火口という地点に出ると視界がひらけペイントされた登山道のマークが見られるようになる。
そのあたりから歩きやすくなり最後の30分くらいは緩やかな下りのととのった林道をどんどんくだっていき、突然道路にでる。 太陽は西の空に低く落ちてきていて眩しかった。そこからカムイワッカのバス停までは10分くらいで着いた。   バス停につくと観光客の人が数人とパークレンジャーの人がいて、案の定通行禁止の登山道を降りてきた事に注意をうけ、自分の歩いた行程を説明した。  こうやって標識や注意を無視して通行禁止のところに入る人が後を絶たないことやそれが引き起こす問題をきかされ恐縮するだけだった。 それでもそれ以上の追及はせずに、山や自然の話等親切にしてくれた。 昨日オッカバケで出会い下山していったおじさんの事はレンジャーの人がも知っていた。昨日の夕方4時にはこのバス停に着いたようだ。私と同じく注意をしたそうだ。 でも軽装だったとは言え、一日で岩尾別からカムイワッカまで歩き通すとは、かなりの早歩きで降りたんだろう。

ちなにみ、あと15分バス停に着くのが遅かったらクマにおびえながら(この辺りはクマの出没が多い)  一晩すごすか、4時間以上かけて暗闇のなかを歩いて町まで帰るところだった。

この日はカムイワッカの最終バスでウトロにもどり民宿知床で体勢を立て直す。 風呂場のボディーシャンプーで洗濯をし部屋に干す。夕飯はすでにおそくて宿の方で用意できなかったので近所のスナックのようなところで食べた。 ボリュームたっぷりのほっけ定食とつぶ貝のバター焼きにビール。  what else can you ask for? u have no idea how nicely they filled my stomach that night.  

翌日は羅臼と海岸へ。
つづく。
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by hoop29 | 2008-08-26 00:56 | 北海道
7月31日
民宿知床荘で目覚め朝はゆっくり朝食を食べ、まだ半乾きの衣類を朝日で乾かしパッキングを9時にすませる。 この日は羅臼の海岸線へでるのだ。
平地を歩く分には膝は問題ない。 昨日は良く食べよく寝たので体力は回復していた。
威勢のいい声の元気な係のおばさんがいるウトロバスターミナルから9時半のバスにのり羅臼へ向かった。 ウトロ側はあいかわらず快晴で暑いほどだった。  しかし半島横断道路も半島の半分もくると急に濃い霧につつまれ天候がかわる。 まさに数日前、羅臼岳の山頂から見たとおりだった。カーブの続く山道ではツーリングのライダーがなんども通る。 羅臼湖に寄ろうと思ってたんだけど霧のせいで視界はよくないので、羅臼の町まで乗った。 
バス停をおりるとウトロより10℃くらいは寒い気候の変化にびっくりした。 
羅臼から岬にむかって南南西にある最奥のバス停、相泊(あいどまり)へのバスは夕方の4時くらいの出発。朝の便と合わせ一日2本のみ。 まだ11時くらいだったので羅臼の町をうろうろ歩くことにする。  とりあえず道の駅でもいってみようと歩きだした。  

道の駅のとなりにあるお土産やにはいってみるとさっそく店のおばちゃんに目をつけられて、つぎつぎと試食品を食べさせてもらった。 自分の荷物をみて旅の事を聞かれ、これから海岸あるくんならいっぱいたべてきなっ となり、いつのまにか自分のために臨時のテーブルをつくってもらいカニをたらふく食べさせてもらった。 さらに試食用のカニだけでなく、ご主人もゆでたばかりのカニを半分全部くれて、ほかのお客さんに悪いなーと周りの目を気にしながらカニをほおばり続けた。  ご主人も山をやっていたそうで冬山の話や、知床の山仲間の話等きかせてもらった。  店には今まで訪れた旅人の写真がたくさんかざってあった。たぶんこの店の人は旅している人にこうやって、いつももてなしているのかもしれない。 ここで海岸歩きのあいだに飲むお酒やつまみを少しかい、感謝を述べ、岬から戻ったら必ず立ち寄ると約束し店のみんなから声援をもらい店を出た。  いままで旅をしていて、これほどのもてなしを受けたのは初めてだった。 
そのあと、ささいなことだったが、さらに勇気づけられる事があった。
荷物を背負って、時間つぶしに町を歩き回ってるときに(羅臼は閑散とした港町で歩いている人はあまりいない)向かいから単独ツーリング中のライダーが見えてきた。  そして向こうも私のなりを見て旅の人だと分かったのだろう。たった一瞬の出来事だった。すれ違い様に私に向かってガッツポーズをしてくれたのだ。 とっさに自分もそれに答える。 
なんとも言えない嬉しさと心強さが沸き起こり、天候はよくなかったし膝も不安だったが全てうまくいくと思えた。   Thanks! Stranger

それから港の堤防を歩き、ラーメン屋に入りあんかけラーメンを食べエネルギーを補給。ここの店でも、店の人と客のおじさんから応援のことばをもらう。   
そして、いよいよバスで相泊へ。 ここには熊の穴という食堂があり、名物の熊ラーメンを食べた。さらにトド肉とシカ肉の缶詰も購入。 
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この日は食堂から海岸線を15分ほど歩いたところに、近くの番屋の人にことわってからテントを張った。 
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このあたりは、舗装路はないが平に整備された石ころだけの海岸線がしばらく続く。海岸から陸側は20メートル程ですぐに山、または崖の急斜面になる。
天候は曇りと霧だ。夕方、山の方からシカが降りてくる。かなり近づいても逃げなかった。
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この日は近くに番屋があるため安心して眠る。 いよいよ明日から海岸線歩きだ。
8月1日
翌朝は5時くらいに出発。濃く湿った霧で体が冷える。どれくら進めるか見当がつかない。数日前、ウトロの自然センターでもらった資料とデジカメに収めた危険箇所の写真つきの説明を再度確認し頭にいれる。 行程の多くは単調な石ころの浜を歩くだけだった。 まず気付くのはゴミが多い事。とくに漁で使われた網や浮きの残骸。倒壊した番屋の木片。しかしこの量をすべて回収、処分するのは大変そうだ。そもそもこれらはゴミではなく、ただの残骸なのだからしょうがないのかも。
この海岸線を歩いている間は熊よけベルはしまっておいた。 やっぱり自分の目で見てみたかった。 そんな事を言っておきながら、視界のきかない はちあわせの可能性があるところでは音を出してから通ったりしてたのだ。
はじめのうちは崩浜と呼ばれるはこんな感じのところを、てくてくと歩いて行く。
左側が崖になっていて、名のとおり、くずれている所もあった。
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観音岩と呼ばれる岩場を高捲きする箇所だ。 説明にあったとおり急斜面に古いロープがたれている。岩や土がしめっていてすべりやすかったので慎重に登った。
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すこし行くと資料にあった海水を徒渉する箇所へきた。しかし干潮だったためか岩場をへつっただけで水に入らずにすんだ。 (へつりとは水につからないように岩場を横にトラバースして向こう側へ行くことをいう)
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こんなところがこの後も数回ある。 へつる箇所の岩壁はホールドしやすく足も十分フリクションが効くので怖くはない。 一カ所だけほぼ垂直の所(自然センターでもらった資料にも載っている)があり、そこは冷や汗がでた。

また化石浜と呼ばれる海岸沿いを歩き始める。 ここもまた、名前のとおり骨がよく目に付く気がする。 シカかキツネの骨だろう。
そしてここでついに、、、
海岸の岩場の少し入り組んで先が見えない所へ来たときだった。さっき述べたように、はちあわせは避けたかったので念のため手をぱんぱんとたたいてから、その入り組んだ岩場に歩いて行った。  すると20〜30メートルくらい離れた右にある岩場から突然、黒い固まりが左の薮が生えている斜面のほうに走って行くのがみえた。 立ち止まりも、振り返りもせずに薮の中に消えてしまった。
手をたたいておいて良かった。  

これは途中にあった廃屋となった番屋だ。 ここでこの日初めて少し雲がきれ空の青が見える。
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そしてタケノコ岩。 このあたりも水につかる場合があるらしいが、さいわいそのまま通過できた。
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この先にあるモイレウシ湾で思わぬ人達にあう。

ウトロの自然センターで見た絵本の小学生達。 彼らがちょうどキャンプをしていた所だった。そこにいた大人の人達に話を聞くと、昨日念仏岩の洞窟から岬までいってきて、ここまで戻ってきたそうだ。 私はこの日どこで泊まるか決めていなかったが、その洞窟をすすめられ今日はそこまで行こうと決める。
その後は剣岩とメガネ岩(崖にぽっかりと三角形のトンネルがあいている。)をとおり干潮だったせいか特に水につかる所はなかった。 
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休憩をしていると2匹のキツネが近づいてきた。 じっと座っていたため最初のうちは自分の存在に気付いていないようだったがカメラをむけると気付かれる。 それでもすぐ近くまできて、うろうろと食べ物を探していた。
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また歩き出し小川があるところで水を汲み昼食にする。 今回の旅で新登場のカレールーとガーリックチップ入りチキンラーメン。うまかったが、においが強いためずっと背後の薮の斜面が気になり落ち着いて食べていられなかった。

ようやくペキンノ鼻へつく。 ここが難所として書いてあったので不安だ。
話にあった馬の背には急斜面を登るだけで着いた。
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馬の背とよばれるナイフリッジになっている所へ上がり、すぐ向こう側へおりる足跡もあったのだか、リッジを上に向かうトレースもあり、とりあえず上へ上がってみた。 そして驚いた。
上は黄色い花が一面にさくお花畑のようにな草原になっていて、ずっと石と岩の海岸ばかり歩いてきたのですごい気持ちいい。ぼつりと社もたっていた。
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そのまま草原を急斜面沿いにいってどこかで海岸線に下ろうとしたが道が見つけられない。しかたなく馬の背までもどり、そこから海岸線へでた。 ずっと先のほうに今日泊まる念仏岩が見える。
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しかしここからが大変だった。 馬の背から下り海岸線を歩くとすぐに岩壁が行く手を遮り、へつりでも危険でこえられない。 その岩壁のうえの方にそれらしき道があるので草の茎にしがみつきながら、その岩場を高捲きする。 数十メートルさきにロープがみえるがなかなか、たどりつく道がみえない。でもいったりきたりしているうちに、ようやくロープが垂れている所にでた。そこは完全に足が地につかない懸垂下降だった。ロープが古そうだったが他に手はないのでロープを信じて全体重をかける。 多分たった5メートルの下降だが老朽したロープのが怖かった。
それから先は難所はなく、大小の石ころの上を念仏岩へすすむ。
これは、たぶんん女滝。 ここで水を補給するが、砂やいろんなかすが混じっていてきれいではなかったがしょうがない。
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かなり疲れはしたが6時くらいに念仏岩の洞窟に到着。
まだ十分明るさがあったのでゆっくりテントを張り周辺の様子をみて歩いた。
この時は知らなかったのだが、ここには綺麗な湧き水があるらしい。
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これが洞窟だ。 写真でみるより奥行きが深い。 ちなみにこの洞窟は岩の南側にある。明日はいきなり高捲きからの行程だ。
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洞窟内に張ったテントだ。 上の岩盤から水滴が数カ所から垂れているがテントにはかからない。 しかしテントから海岸の水まで10〜15メートルくらいしかないので高波でもきたらすぐに流される。
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8月2日
何に起きたか覚えてないが、東に水平線があるため早い時間から明るかった。
東の空はピンク色に染まり雲間からは薄紫の宇宙がみえた。
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朝は念仏岩の高捲きから始まる。 前日泊まった洞窟の上部のさらに上にでる斜面を張ってあるロープも利用しながら登る。海岸から高度を160メートルほど急斜面をあがり朝一番からハードだ。 道もわかりずらかったが慎重に行けば見失う事は無い。

兜岩の登りもなぜかあまり覚えていない。そのかわり下りの部分は忘れられない難所となった。この箇所も情報によって危険箇所であることは知っていた。 上部から海岸線がしたに見える。ロープが下にたれているので、はじめはそれにしがみつき、じりじり斜面を崩れやすい土と石をボロボロころがしながら降りて行く。 途中でロープが終わり、斜面にはえている”ふき”のような茎の太い植物を束ねてにぎりロープ代わりにしながら下る。   途中にまたロープがあるがそんなに長くない。 同じ様に、斜面の植物をホールドにして、ようやく海岸が近づいてきた。  海岸線にでれば一安心だ。 そこから先はまた大小の岩、石の道となる。 この辺りになってくると、もうすぐ岬に着くのだと嬉しくなってきた。
赤岩とよばれる箇所にくると番屋に人がいるのが見えた。 挨拶をして通り過ぎた。
するともうちょっと先ある離れた番屋から2匹の犬がとびだしてきてこっちに向かってくる。
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飼い主がいるのか、野良犬なのか分からない。2匹がでてきた小屋からは人もでてこない。
もう難所はないし時間はたっぷりあるので、休憩をとりしばらくこの犬達と遊んだ。 
しかしこれがやっかいな事になるのた。  その日は岬をこえて、その先のどこかでテントを張る予定だったが、この犬達がずっとついてくる。 その番屋が見えなくなる所まで行けば帰るだろうとおもっていたのが、全く帰る気配がない。 自分の先や後をいったりきたりしながら、くっついてくる。 こちらも頭を使い、犬を先に行かせ岩陰に身を隠してみた。
しかし犬の嗅覚からは、この無力な人間は逃れる事はできないのだ。  あきらめて、おまえらついてこいっ! と言い2匹の犬のお伴をつれて岬に向かった。

そして今までずっと切り立った左斜面の崖もいつの間にかなくなり斜面の上は緑が見える。 そのまま海岸線の石道もいけたが、斜面を登れる箇所があり、上にでてみた。


そこは天国だった。   

というには大げさかもしれないが、そこには、そこに辿り着いた者しか見る事のできない雲の上にいるような草原が一面に広がった世界。 新大陸を発見した人はこんな気持ちなのかも、と思えた。

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心地良い風に吹かれ疲れも荷の重さもない。
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犬たちも走り回る。
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下に見える海岸線も綺麗だ。
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そしてこれが岬の先端部にあたる場所、アブラコ湾だ。
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下の写真は海岸まで降りて撮ったもの。ボロボロになった堤防にたっているしろ(しろい犬)。
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さらにこの先へ、行ける所まで海水をよけながら進んでみた。 
そして目の前には水平線しかみえない場所までいき、感嘆にひたり、尾根縦走を出来なかったことを悔やみもしたが、この瞬間に自分がそこに立っていることに感謝する。

アブラコ湾には湧き水がどこかにあるはず。見つけにくいとも聞いたので探しまわるが見つからない。 あいかわらず2匹の犬もくっついてくる。  あきらめて、また上の草原にもどり岬はテントが張れないので、この先にすすみどこかテントを張れるとこをさがそうと西へすすみだした。

すると東の方に一人の人が歩いているのが見える。 こんな辺境にいる人だから何かしっていると思い、引き返してその人の所へ行った。 この行動がその後の数日間の行動に大きく関わってくる事になるとはまだ知らない。

その人は湧き水の場所を知っていた。が、それよりも驚いたのが、2匹に犬をみるなり、しろ、くろ、と呼んだ。 始めは、その人が飼い主かとおもったが、聞くとやはり番屋の人の犬だった。
その人はカヌーで岬まできている旅人で古屋さんといい、波と風のため、赤岩の番屋の近くにテントを張り停滞しているのだった。 その日は自分も泊まる所を決めていなかったが、赤岩まで戻れば水もあるし、どの道翌日には来た道を帰るのだから一緒の場所にテントを張れば安心かと思い、一緒に赤岩へ戻る。
途中でアブラコ湾の湧き水をみにいくが、見つけられない。  古谷さんは知床には数回きており話によれば以前は上の草原に小屋があり、そこには岬の灯台の管理人が住んでいて、その管理人が毎年雪がとけるとアブラコ湾の、その湧き水がでるところを堀り水場を確保していたそうだ。 しかし、その小屋は現在は潰され、よって管理人もいなくなり、だれも湧き水が出る所を掘っていないし、知らないので今はもう幻の湧き水となってしまったのだ。

赤岩までの戻る道は強烈な向かい風にふかれながらだった。 この日の行程はハードではなかったが、ここにきて膝の痛みが始まってしまった。  道中は、古屋さんの山、沢、カヌー、知床の今まで行った場所の話を聞いた。今回は一緒にカヌーで岬に来ていた相棒がいたが、先に仕事の都合で海岸線を歩いて帰ってしまった事を聞いた。  
赤岩のテント場まで着く。 古屋さんはすでに赤岩に3件ある番屋のうち2件と知り合いになっていた。  実は赤岩に着いた時点で相当膝が悪化しており、翌日また歩いて海岸線の来た道を帰る自信をなくしていた。
そのことを番屋の漁師家族に伝えた。 残念ながら船を出す予定はないので歩くしかない。
この日は風が強くテントが一人では巧く張れない。古屋さんに手伝ってもらいながら張り石をいくつも使い固定する。
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強風のなかとりあえずテントに入り人心地つけた。 そしてすこし眠る。 その後、ちょっと離れた番やに住むばあちゃんに合いに行こうと誘われ着いて行った。  そしてウニでも食べようと話になり、自分とおばあちゃんとで、しばらくウニの中身をくりぬいた。 
 
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夕飯は3人で薄暗いなか、本当においしいウニ丼をたらふくいただいた。 ここには電気はなく、薪とランプがすべてだ。 外の雨風が強いためおばあちゃんに今夜はここに泊まっていけと言われる。
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実はこのおばあちゃんはNHK特別ドキュメント番組にでたことがあり、有名人なのだ。 自分もその番組をみたことがあったのだか、知床という事さえ覚えていなかった。でも海岸を歩いているとき風景が、あのテレビで見た所に似ているなとは思っていた。そして偶然が重なり、この日は、そのおばあちゃんといっしょにご飯をたべている。

ばあちゃんが気を使って、2人の旅人のために風呂を炊いてくれた。  
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古屋さんに風呂の写真を撮ってもらった。
古屋さんの持ってきたお酒を飲みながら、今までおばあちゃんを訪れてきた旅人達からの手紙や写真、思い出話等いろんな話をおばあちゃんから聞いた。 おばあちゃんもうとうとしてきたので寝る事にする。     夜中は何度もネズミがあしもとや体のそばを走りびっくりして目を覚ました。
深夜に雨が止みテントも心配にだったので2人でテントへもどった。  テントは無事だった。

翌日は前夜の強風はきえていた。古屋さんの声で目が覚める。 なんと番屋の漁師家族がボートを相泊まで出す用事が出来たから乗っけて行ってくれるそうだと。 いつでも出れるように準備しとけといわれ、いそいでパッキングする。    もちろんいくらかはお金をだすが、まさに救いの船だった。
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古屋さんも海の波が落ちつていたので、これなら帰れるかもとカヌーで出発した。  
見送りにでてきてくれたおばあちゃんに手を振る。  
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漁船は途中で古屋さんを追い越し、海の上を弾むように町へむかった。 2日間歩いた海岸を海上から眺める。 
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途中何カ所か、漁の網をチェックした後、相泊の港へ着く。出発してから一時間かそれ以下だったか。相泊からはさらにトラックで羅臼まで運んでもらった。 心から感謝をのべて別れた。

つづく
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by hoop29 | 2008-08-24 01:59 | 北海道